名乗ると、応答時の機械音声ではない声が返った。
「…先生!?」
ちょっと待っていてくれと言われ、その場に佇んでいると、暫くして、脇の通用口の扉が開く。
そこから、左腕を吊ったイザークが、息を切らせながら姿を見せた。
「…先生」
「イザーク」
「…どうして、此処に?」
「…心配で…それから…」
ぼそぼそと言い掛けると、言葉を遮られた。
「…此処じゃ何ですから、入ってください」
案内されるまま、庭へと進む。
塀伝いに歩いていても、広い敷地だというのは判ったけれど、庭に通されると、言葉を失う様な光景が広がっていた。
敷地面積は半端ではない広さなのに、その全域が丁寧に手入れされているらしく、純和風の庭には、池どころか川まで流れている。
結構な距離を歩かされ、辿り着いた家屋は、家というより、まるで城だ。
ところがイザークは玄関へは向かわず、別方向へと歩き出す。
「…済みません、俺の部屋は離れに在るので…」
「…あ…だが、ご両親に挨拶を…」
「…生憎、母は留守です」
「お父さんも不在なのか?」
「父は居ません。俺が物心付く前に、心臓を患って亡くなりました」
「…済まない、余計な事を…」
「いえ、お気遣い無く。それより、離れは未だ先なので、もう暫く辛抱してください」
更に歩いて、辿り着いた先に、母屋と比べれば小さいが、離れとは呼べないような大きさの、品の良い家屋が存在していた。
中に通され、案内されたのは、客室と思しき部屋。
麦茶と甘味が、使用人の一人であろう、着物姿の女性から出された。
ディアッカの言葉が頭を過ぎり、思わず呟く。
「…抹茶じゃないのか…?」
聞こえたらしいイザークが、微かに笑った。
「御所望なら、点てても構いませんが、先生には辛いでしょう?」
「…そうだな、作法も知らないし、恥を掻くだけだ」
「俺しか居ませんから、形は気にしませんよ…味が口に合わないだろうっていう意味です」
「…いや、昔、学校の茶道部で、貰って飲んだ事がある…嫌いな味じゃない」
「じゃ、試してみますか?」
「え?」
茶室に案内された。
左腕を吊っていた三角巾を、イザークは徐に外す。
「イザーク!?」
「邪魔ですから」
「そんな無理に…」
「元々、大袈裟なんです。気にしないで下さい」
俺には良く判らないものの、恐らくは正式な作法に則って淹れられたのであろう、眼の前に差し出された茶器。
「先生、どうぞ」