忘れたかった事まで、色々思い出してしまって、昨夜は一睡も出来なかった。
約束を守り、彼は授業中も、あの痛い程の眼差しを向けてこない。
廊下ですれ違っても、軽く会釈をするだけだ。
安心するのと同時に、言い様の無い感情に囚われた。
寂しさ…の様な。
気付けば何時の間にか、立場が逆転していた。
俺の方が、彼の姿を追い掛けている。
授業にも集中出来ず、身が入らない。
S31の授業は特に酷く、手厳しい生徒達に、些細なミスを何度も指摘される。
彼は無言だった。
此方を見ようともせず、教科書の設問を解いている。
この状況を望んで、勝負を受けた筈なのに、俺には現状が、どうしても受け入れられなかった。
また、此処に来てしまった…と思う。
誰も居ない空き地、月明かりの下で、ゴールリングを見上げた。
耳に残る言葉。
『俺だったら、どんなに無様で格好悪くても、バスケ辞められませんから』
『先生だって、本当はそうなんでしょう』
『そんな顔をしている位だったら、素直にやってみれば良いんです』
俯いて、両掌で顔を覆う。
「…そうだよ、俺だって、やりたい…辞められる筈なんて…ない…」
こんな時間に、こんな場所を通る人間なんて居ない。
抑え切れなかった嗚咽が、指の隙間から漏れた。
昼休み、俺は体育館へと向かう。
何と無くだけれど、確信があった。
彼は恐らく、其処に居ると。
独りで黙々と練習を続ける、後ろ姿。
やはり、綺麗なシュートフォームだと思う。
俺は黙って、彼の元へと歩み寄る。
俺に気付いたらしい彼が、振り向きもせずに、声だけ掛けてくる。
「…何か、ご用ですか」
抑揚の感じられない、冷ややかな声。
「…あの話は、未だ有効なのか」
「…あの話、とは?」
返事はするものの、手は休めない。
「俺をヘッドコーチに…という話だ」
漸く手を止めた彼が、俺を振り返る。
「どうなんだ、ジュール」