「どんなに無様で、格好悪くても…か」
言ってくれる…と思う。
自宅アパートへの帰途、偶然見掛けた、ストリートバスケのゴール。
吸い寄せられる様に、辿り着いた先には、誰かが忘れていったらしい、ボールがひとつ。
拾い上げて、放ったシュートは、ゴールへと吸い込まれていく。
ゴール下に立って、落ちて来たボールを今度はレイアップシュートに持っていこうとして、跳べなかった。
左脚に、再び走った痺れ。
鈍い痛みを放ちながら、咄嗟に曲がらなかった膝。
言う事を全然聞いてくれない…足。
「…俺だって、やりたいさ…だけど、この足でどうしろっていうんだ…」
立っていられず、その場にへたり込む。
一滴、涙が零れた。
大学への通学に使っていた電車が起こした、車両脱線事故。
死傷者を多数出した、一番被害の酷かった車両に、俺は居た。
投げ出され、叩き付けられた後、何人もの人間の下敷きにされた躯。
あの日、病院で目覚めた時、ベッドサイドで微笑んでくれた母。
誰も何も言わなかったけれど、少し不自然だったあの笑顔を見ただけで、何となく解ってしまった。
完治は無理なのだと。
他の部分の傷が癒え、精神的にも落ちついた頃を見計らって、担当医が簡単に説明してくれた。
全身傷だらけだったけれど、一番酷かったのは左脚。
骨折箇所が何ヵ所もあり、神経組織も所々ズタズタにされている。
膝関節は文字通り粉々の、粉砕骨折。
人工関節を入れる事になるが、無論、元通りには動かない。
切断を逃れただけでも、奇跡なのだと。
腫れ物に触る様に、周りが気を使う。
バスケの話題を避けて、明るい話題を探して。
厚意で気遣ってくれているのだと解るから、俺も明るく振舞うしかない。
リハビリに精を出し、あんな大事故に遭っていながら、命があっただけでも運が良かったのだと、笑ってみせる。
心配しなくても、大丈夫だと。
退院して、数カ月ぶりに戻った自宅で、俺はバスケ関係の一切を全て、廃棄した。
がらんとした、殺風景な部屋。
風呂に入る度に眼に入る、醜い左脚。
まるで化け物の様だと、自嘲する。
でも、風呂から上がれば、愚痴を口にする事は一切許されない。
決して足を、人目に晒さない様にしながら、静かに生活する日々。
自宅で作り笑いを浮かべ続ける事に疲れた俺は、家を出て大学の近くにアパートを借りた。
それが、今住んでいるアパート。
長距離通学の躯への負担と、電車に対するトラウマを心配していたらしい家族は、二つ返事で送り出してくれた。