思わず上げそうになった声を、必死で抑え込んだ。
…何で、残り十秒、持ち堪えてくれなかったかと、唇を噛むが、勝負を受けてしまった以上、そんな事を言っても始まらない。
左脚が痙攣しているのが、自分でも解る。
恐らく彼にも、気付かれてしまっただろう。
…でも、抜かせない。
残り時間は、殆ど無かった。
身体能力の足りない分は、気迫でカバー出来る程度の時間だ。
彼は鮮やかに俺の右側をすり抜けて、ジャンプシュートを放った。
同時に笛の音。
綺麗に決まったシュートボールを拾って、彼は俺の前に立った。
「…負けました。お約束通り、二度とお願いは致しません」
「…君の勝ちだろう?」
「笛が鳴った時、未だボールはゴールの外でした」
そうだっただろうか…と思う。
けれど、実際にシュートを放った彼がいうのだから、間違いはないのだろう。
「ありがとうございました」
軽く会釈すると、彼は踵を返して、片付けを始めた。
重い気持ちを引き摺りながら、帰途に就く。
駅の改札を抜けると、偶然の鉢合わせ。
「…ジュール」
「先生も、この線ですか?」
聞けば、自宅が沿線で、隣の駅。
電車内で何となく、隣り合わせに腰掛ける。
電車の揺れに身を任せながら、呟く。
「ひとつ、聞いても良いか?」
「何でしょう」
お互い、顔は見ない。
「先刻、何故、手加減したんだ?」
「手加減?」
「ラスト十秒…君から見て、右側から抜けば、もっと早くシュートは打てた筈だ」
「…何の事だか、解りかねますが」
「惚けなくても良い。君程の才能の持ち主ならば、右側がガラ空きだった事位、直ぐに解った筈だ」
「やはり、左足を故障しておられるのですか」
「…そうだ」
「バスケを辞めたのも、それが理由ですか」
「…ああ」
「…もう一流と呼ばれたプレイは、出来ないから…ですか」
「…」
駅に着いた。
彼の自宅の最寄り駅。
音も無く、彼は立ちあがる。
「…先生、余計なお世話かもしれませんが、先刻の先生は、とても楽しそうでしたよ」
「…ジュール?」
「一流プレイヤーとして、プレイ出来ないのは、確かに辛いでしょうが、バスケそのものを辞める必要はなかったでしょう」
「…君に、何が解るっていうんだ!?」
「…ええ、解りません。俺だったら、どんなに無様で格好悪くても、バスケ辞められませんから…先生だって、本当はそうなんでしょう」
「ジュール」
「そんな顔をしている位だったら、素直にやってみれば良いんです」
そう言い捨てると、彼は電車を降りる。
ドアが閉まり、彼の姿が車窓から遠ざかっていった。