歩み寄ってきた彼は、俺の眼の前で立ち止まった。
「引き受けてくださる気になりましたか?」
「何度言われても、答えは同じだ」
「じゃ、何故、此処に居るんです」
「偶々通りかかっただけだ」
「その割に、随分と長い時間、真剣に見ていらっしゃいましたね」
「…練習中に、観客に意識を奪われている様では、怪我をするぞ」
「ご忠告、感謝します…本当に、引き受けてくださる気はないのですか」
「…無いよ」
「なら、先生、賭けをしませんか?」
「賭け?」
「1対1、貴方を抜いて、俺がゴールを決められたら、引き受けてください」
「…ブランクが四年もある人間が、現役のプレイヤーに勝てる筈ないだろう」
「無論、ハンデを付けますよ」
「ハンデ?」
「リストウエイトを左右1キロずつ、アンクルウエイトを2キロずつで、どうですか」
「ウエイトを?」
「負けたら、二度と言いません」
6キロのハンデ。
「…本当に、これきりなんだな?」
「はい」
「…バスケ部の、練習が終わるのは何時だ?」
「7時半です」
「その頃、もう一度来る」
トレーニングウエアに着替えて、約束の時間に体育館に行くと、流石にギャラリーはいなかったものの、バスケ部のメンバーが全員残っている。
「…随分と、観客が多いな」
「皆、興味が有りますから。新しいヘッドコーチのプレイには」
「自分が勝つに、決まっていると?」
「負ける心算で勝負を仕掛ける、馬鹿は居ないでしょう」
タンクトップに短パン姿の彼の四肢には、既にウエイトベルトが固定してあった。
「それに、時間を計る人間が、必要ですから」
「何分で決める心算なんだ?」
「5分勝負で如何ですか」
「OK」
フリースローライン付近で構えると、ストップウォッチを片手に持ったマネージャーが、高らかに笛を吹いた。