ぽつりぽつりと、重い口を開く。
「…お前を諦め切れなくて…ずっと考えていた…」
「…諦める?」
「…お前は俺と、約束してくれた…俺がお前達を、インハイに連れて行く代わりに、お前はナショナルチームの選抜メンバーとして、世界一になると」
「…無論、覚えていますよ」
「だが、お前の家庭環境は、それを許さない状況に有る…俺のエゴで、お前に無理難題を、押し付けているのが心苦しくて、何度もお前の事を諦めようと思った」
「…先生」
「未練がましく、お前の事ばかり考えていたら、あんな事になってしまって…お前を喪ってしまったかと思った…お前が二度と目を覚まさないんじゃないかって…怖くて、恐ろしくて…お前に二度と会えないんじゃないかって思ったら、俺はっっ!!!」
そっと肩に掌を置かれた。
「先生、少し散歩しませんか?」
離れの裏は、竹林だった。
風で笹の擦れ合う音だけの、静寂の世界。
竹の香る中、二人でゆっくりと歩く。
「先に、誤解を解いておきます」
「誤解?」
「別に俺はバスケをやる事を、母に反対されてはいません」
「…だが、皆は」
「優先順位の話です。バスケを一番に持ってくる事を、快く思っていないだけですよ。家名を継ぐにしろ、継がないにしろ、バスケしか出来ない様では困るという事です」
「継がないって…」
「そういう選択肢も、無論有ります。母の縁戚には、優秀な方も多いですし…まあ、母としては、父の忘れ形見である俺に、跡を継いで貰いたいというのが、正直な処なのでしょうが」
「…それは、当然だろう」
「…父と母は、恋愛結婚なんです…宗家の跡取り娘で、次期家元だった母が、父に一目惚れして…周囲の反対を押し切って、結婚ですよ」
「…そうなのか」
「父は尺八の奏者でした。演奏会を聴きに行った母は、その音色に一瞬で虜になったそうです」
「…」
「朴訥な父は口下手で、上手い言葉が出ない時は、何時もこう言ったそうです『私の尺八を聴いてください。それが私の気持ちです』…傍から見れば、格好付けも甚だしいんですが、母はその度に音色に耳を傾け、父の心を聴いていたそうです」
「…いい話だな」
「俺だって、父と同じです。上手い言葉なんて言えません。だから、俺のプレイを見てくれませんか?」
右手だけで、そっと抱き寄せられた。
「…イザーク?」
「先生になら、伝わる筈です…同じ夢を見た、貴方になら」
「…そうだな…ありがとう」
イザークの胸に縋った、あの日の甘酸っぱい感情が蘇ってきて、俺もイザークの背に腕を廻した。